2020年の目標

あけましておめでとうございます。

2020年が始まって2週間経ちました。

例年と違って元号が変わったばかりなので「今年は平成30年?31年?」みたいな事が起こらなくて楽ですね。

目標は口に出す派?

題名にある通り、今回は2020年の目標を宣言したいと思います。

あなたは目標を「口に出す派」ですか?「口に出さない派」ですか?

私は目標を積極的に口に出す派です。

理由はジャンプの主人公たちみたいに目標を口に出して行動したら達成するような気がするからです。

ルフィ「海賊王になる」  ナルト「火影になる」

いずく「最高のヒーローになる」  炭治郎「妹を人間に戻す」

目標をはっきりさせ宣言することで必要な行動も見えてくるし、何より自分自身を追い込めるような気がするからです。

2020年の目標

今年の目標はテーマに沿って4つあります。

 

1つ目は陸上競技に関して。

200m20秒65を切ること

今年のシーズンは200mをメインに走って行く予定で、20秒65にした理由は

一昨年20秒87で走りゴール後すぐに「20秒6台で走りたい!!」って思ったからです。

本当は去年中に出したかったのですが、達成できなかったので今年に持ち越しです。

最低でも5月中に20秒8を切って、オリンピック選考でもある日本選手権に出ます!!

 

2つ目は趣味であるYouTube。

1年間で動画100本あげること

昨年の8月に始めて約4ヶ月で21本動画を上げましたが、この過程で

ハマってしまいました。

今年はもう2週間経過しているのであと350日で100本というと

ちょうど週に2本ペースで達成です。

陸上の練習に活かせるようにコツコツやっていこうと思います。

 

3つ目は仕事に関して。

ユティックマガジンを年3回発行

これは昨年と同じなんですが、今年は昨年以上のクオリティと企画で3回発行したいと思っています。

1年間やってきたのでできたら少しでも余裕を持って取り組みたいです笑

 

4つ目はプライベートに関して。

今年中に海外旅行に行くこと

昨年の11月に中学生ぶりに旅行に行ったのですが、これが本当に面白かった!

昨年は有馬温泉に行ったのですが、大会でも合宿でも遠征でもない遠出は本当に久しぶりで一気に旅行欲が出て、海外に行ってみたいと思うようになりました。

時期は多分11月になると思うのですが、1年かけて準備できたらと思います!

最後に

目標を書き終えて、今年やる事が見えてきてワクワクしています。

ここに書いた目標全て達成できるように1日1日全力で取り組んでいきます!!

 

クリスマスイブという名の平日

今日はクリスマスイブ。みなさんいかがお過ごしでしょうか?

今年のクリスマスイブは平日の火曜日。

仕事や学校の人も多いのではないでしょうか?

そんな私も今日も明日も練習し、その後勤務という

いつもの平日を過ごしています。

練習増量という名のプレゼント

私自身、小学校のころは野球やドッヂボール、

中学校は野球部、高校から今に至るまでは陸上競技と

思い返せば20年間、競技スポーツと関わってきました。

 

そう、20年間クリスマスの日に何かしらの練習がありました。

これはスポーツをやっている人にとって定番なのかもしれませんが、

クリスマスの日の練習はきつい事が多いです。しかも、突発的に。

クリスマスプレゼントという名目で・・・

いらね〜!!!!

「迷惑なプレゼントだな〜、これって拒否できないのかな?」

と毎回、毎年思うのですが、結局やる流れに・・・

一応、拒否した事はありませんがクリスマスの練習はいつもよりも憂鬱です。

この立場になって

今は陸上のコーチという立場でもあるので、

クリスマスの日に特別な事をやりたいという気持ちは分かります。

それも突発的に。

「あの時のコーチはこういう気分だったのかな」と思い返し、懐かしくなります。

でも、私自身は練習量をいきなり増やされるのは嫌だったので、

いきなり量だけを増やすのは避けるようにしています。

(それ以外で何かやりたいとは思ってる)

多分、クリスマスの日の練習に何か起こしたいというのも

これまでの20年の経験からだと思います。

クリスマスの日は・・・

今となっては自分自身で練習メニューを決めているので、

いきなり問答無用で練習量が増えることはありません。

 

ここまで「クリスマスの日の練習はいきなり量が多くなるので憂鬱だ」

と書いてきましたが、それでも練習している最中も憂鬱かと言ったら・・・

そうでもなかった事の方が多いです。

 

やはりこれもクリスマスの効果なのか、

それともノリが良い仲間たちのおかげなのか

いきなり量が多くなってもなんとなく受け入れてしまい、

最後までやり遂げた時は笑顔で「こんなクリスマスプレゼントいらね〜」

と言っている事の方が多かったです。

 

こう思い返すとあまり嫌な思い出ではない様に感じてきました。

クリスマスの日に酸欠で吐きそうに(吐いたこともあった)なって、

乳酸でお尻が痛くなって、動けなくなり、

12月の地面に横たわっている人なんて、ごくごく少数ですからね。

きっとこれも人生経験という奴なのでしょう。

 

さあ、クリスマスの準備をしよう!

ここから年末にむけて

こんにちは、絶賛YouTubeにハマっている倉部です。

今年もあと2週間!みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

この時期になると「あ〜、今年も終わるな〜」と感じますね。

今年の1年を漢字1字で表すなら

みなさんにとって今年はどんな1年でしたか?

毎年発表されている「今年の漢字」では

「令」でしたね。

理由としては「新しい元号の「令和」が明るい時代になって欲しいから」

だそうです。

 

私の1年を漢字1文字で表すなら

「表」です。

理由は今年1年を通して自分の意見や感情、

見て欲しい物や事柄をいろんな媒体を通して表現する事が多かったからです。

「表」を選んだ理由とは

ユティックマガジンという存在

最初に頭に浮かんだのは今年の4月から

ユティックマガジンが始まった事です。

私はマガジンの編集担当として関わるようになりました。

毎回、限られたページの中でみなさんに知って欲しいこと選び、画像や文章を通して、どうやったら上手く伝わるか考え、マガジンとして表現する事が楽しかったです。

また、マガジンの記事を作る過程で「自分の活躍を自分で記事にして、表現できたら面白いだろうな」と思うようになり、陸上に対してのモチベーションの向上にも繋がっていました。

しかし、活躍できなければ他のチームメイトの活躍ばかり書くことになる。しかも、自分が負けたレースならそこも含めて表現しなくてはいけない・・・

毎回「くっそ〜!!!次は負けん!!」と思っていました。

ただ、同じチームメイトの活躍なので誇らしく思いながら、なぜ自分ではないのかという葛藤を持ちながら書くことでよりモチベーションに繋がっていたのかもしれません。

表現するということ

元々、すこーしだけ目立ちたがり屋だったこともあり、

ユティックマガジンの制作を通して、

「表現する」ことの楽しさを知ってしまいました。

 

ユティックマガジンは文章と画像という紙媒体。

じゃあ、「文章と画像のWeb媒体では?」

「映像を使った表現って何?」

という興味が出てきてしまい、今年の7月からいろんなことをはじめました。

なので、これまでの人生の中で今年が1番、自分を世間に向けて表現してるなと思えた1年でした。

去年の今頃は

去年の今頃は「何か新しいこと始めたいな〜」と考えていました。

そんな時にユティックマガジンの話が入り、来年に向けて準備を始めようと

動き始めていました。

(いや〜、何も決まってなかったし、0からのスタートだったから大変だった)

 

ただ、思い返すとユティックマガジンの準備を新年から始めようと先延ばしにしなくてよかったと感じています。

よく、新年は新しく何かを始めるのにぴったりといいますが、私の場合、新年から始めたことで長続きしたことってないんですよね。

 

新年スタートよりもこの12月の時期にやりたいことを始めた方が長続きしやすいので、是非何かやりたいなと思っている人はもう始めちゃいましょう!!

 

 

 

ユティックマガジン12月号発刊しました

こんにちは、倉部です。

ユティックマガジン では編集を担当しています。

12月号は過去最大の28ページ

今までのマガジンとは違い、ページごとに担当を決めて

選手全員がマガジンに関わるようになりました。

 

内容をよく見ると選手一人一人に文章の特徴があり、読み応えだけでなく

「このページはどの選手が担当したのだろう?」と予想することで

違った楽しみ方もできると思います。

大変だったページとは

毎回、マガジンの最後には「マイストーリー」という

選手の成り立ちに注目したページが有ります。

このページは選手自身にこれまでの人生を振り返ってもらって、

自分自身で書いていくという企画なのですが、毎回みんな気合が入り

1ページでは治りきれないくらい書いてきます。

今回の特集は平野選手が対象だったのですが、最初持ってきた文章は

なんと4500文字!!

1ページに入る量は大体1700文字くらいなので約3倍の量でした

 

そこから編集し、なんとか1900文字までまとめましたが、

この作業が今年一番大変な仕事でした。

 

それだけ平野選手と私の熱量が入ったページですので、

ぜひご覧ください。

内容について

マイストーリー以外にも12月号では

・全日本実業団選手権大会の結果紹介

・日本選手権リレーの結果

・全選手の今年の振り返り

・特別座談会「価値ある空間で上を目指す」

・ユティックジュニア 日清カップ(全国大会)レポート

・ユティックジュニア 全国クロスカントリー予選会レポート

・ユティック出張教室について

・食育・栄養講座レポート

・2019年シーズン報告会

以上の内容となっております。

 

特に全日本実業団大会では岩崎選手が優勝し、その際の写真やインタビューを

載せていますので、是非ご覧ください!

 

 

実はもう2戦しています。

みなさん、こんにちは。

倉部です。

 

タイトルにある通り、報告していなかったのですが

今シーズンの初戦、2戦目が終わりました。

 

今シーズンの初戦は4月13日の兵庫春季記録会でした。

気温が14度と少し肌寒い中でのレースでしたが、記録は

組1着100m10秒73(+0.6)      組2着200m21秒83(+0.4)でした。

 

100mはまずまずのタイムで走ることができましたが、

問題は200m!!遅い!!

久しぶりに200mが長いと感じたレースでした。

 

4月21日は出雲陸上に出場してきました。

記録は予選1組8着10秒80(+1.5)。

気温、天候、体調のコンディションはとても良かっただけに

とても悔しい結果になりました。

 

これからシーズンが始まって行くので、今後こういったレースを

しないようにしっかりと練習と調整します。

 

応援していただいたみなさん、ありがとうございます。

これからまだ、広島の織田記念、静岡の静岡国際と

グランプリ大会が続きますので、頑張って走ります!

 

ユティックマガジン創刊しました!!

みなさん、こんにちは倉部です。

 

この度、4月1日よりユティックマガジンが創刊されました。

私が言うのもなんですが、本当に立派な雑誌ができたと感動しています。

ここまでお世話になった関係者のおかげです。

この場をお借りして、お礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

 

ユティックマガジンの創刊のきっかけは1枚のポスターでした。

昨年の10月、大会結果を載せた新聞紙風のポスターをなんとなく作り、これが思いのほか、ウケが良かったので調子に乗り、計4種類作成しました。

ポスターを見たマネージャーから「雑誌みたいなの作るか?」との問いに、即答で「やりたいです」と答えたのがユティックマガジンの始まりでした。

 

もともと、ポスターを作り始めた理由もユティックのジュニアも含むメンバーが活躍した姿をいろんな人に見て欲しかったから。

試合の結果や活躍の内容を新聞やテレビに載せてもらうのを待つだけでなく、自分から広報する機会を作りたいと考えていました。

ただ、本格的に作り始めるとなった段階で試作ページを作って見ると・・・デザインも内容もめちゃめちゃ。

伝えたいことを文字にしたり、形にするのはこんなに難しいことなのかと絶望しました。

ただ、マネージャーや村田さんを始めとする、ユティックのメンバーのおかげで最後まで作り抜くことができました。

 

ユティックマガジンはユティックトレーニングセンターや県内のいろんな店舗に置いてあるので、見つけたらぜひ手にとって読んでください。

 

 

新潟出張教室「走り方教室」

こんにちは、倉部です。

3月3日に新潟県ビックスワンにてRiseAC主催「倉部勇哉の新潟一熱い走り方教室」が開催されました。

参加してくださったみなさん、ご参加いただきありがとうございました。

これまで培ってきた経験や技術、感覚を少しでも、皆さんに伝えることが出来たのなら幸いです。

今回、短い時間で「走りの感覚や技術を伝える」ということを通して、私自身の走りも見直すことができました。

私自身、初の出張教室でとても緊張していましたが、主催してくださったRiseACのみなさん、また参加してくださったみなさんのご協力のおかげで無事にやり遂げることができ、いい経験をさせていただきました。

本当にありがとうございました。

 

 

初めまして倉部です

こんにちは、倉部勇哉です

1992年6月23日生まれ、

生まれも育ちも新潟県です。

 大好きなもの

漫画、アニメ、スポーツが大好きです。

スポーツはやるのも観るのも好きで中学生までは野球・テニス・ドッチボールをしていました。

今は陸上競技の短距離に夢中です。

陸上歴

陸上競技は高校からはじめました。

中学校は野球部でした。

陸上競技をはじめたきっかけは野球は上手くなりませんでしたが、走る練習は好きだったから。

また、母が100mで元中学、高校のチャンピオンということで

俺にも少しは才能があって、今度こそレギュラーになれるのでは?

という単純な理由でした。

 

しかし、1年目は100mの選手になれず、

400mとやり投げ選手に!!

 

2年目以降はようやく100m選手になることができたが

特に大きな成績を残すことなく県大会で負け、陸上部を引退。

 

高校生の頃の将来の夢は、

看護師になること(小児看護)

 

高校では目標にしていた看護学校に入る為に勉強して勉強して勉強して・・・

 

 

入学したのは

スポーツ学科でした

看護師どこ行った!!!!

 

大学の陸上部の監督がまさかの母の恩師で、高校時代ずっと見てくれていたらしく、それで陸上をやらないかと誘われ、入学しました

 

大学では恩師たちに出会うことができ、さらに陸上が好きになり、

全日本インカレで入賞することができました。

最後は国体、日本選手権リレーに出場し、陸上を満喫して陸上競技部を引退しました。

 

 

実は一回は陸上から離れていて、新卒で某広告代理店に入社しました。

しかし陸上競技を忘れられず、ユティック陸上競技部に入社させていただきました。

今後は日本代表として国際大会に出場を目指して、日々鍛えていきたいと思います。

長らく読んでいただき、ありがとうございます。