実はもう2戦しています。

みなさん、こんにちは。

倉部です。

 

タイトルにある通り、報告していなかったのですが

今シーズンの初戦、2戦目が終わりました。

 

今シーズンの初戦は4月13日の兵庫春季記録会でした。

気温が14度と少し肌寒い中でのレースでしたが、記録は

組1着100m10秒73(+0.6)      組2着200m21秒83(+0.4)でした。

 

100mはまずまずのタイムで走ることができましたが、

問題は200m!!遅い!!

久しぶりに200mが長いと感じたレースでした。

 

4月21日は出雲陸上に出場してきました。

記録は予選1組8着10秒80(+1.5)。

気温、天候、体調のコンディションはとても良かっただけに

とても悔しい結果になりました。

 

これからシーズンが始まって行くので、今後こういったレースを

しないようにしっかりと練習と調整します。

 

応援していただいたみなさん、ありがとうございます。

これからまだ、広島の織田記念、静岡の静岡国際と

グランプリ大会が続きますので、頑張って走ります!

 

ユティックマガジン創刊しました!!

みなさん、こんにちは倉部です。

 

この度、4月1日よりユティックマガジンが創刊されました。

私が言うのもなんですが、本当に立派な雑誌ができたと感動しています。

ここまでお世話になった関係者のおかげです。

この場をお借りして、お礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

 

ユティックマガジンの創刊のきっかけは1枚のポスターでした。

昨年の10月、大会結果を載せた新聞紙風のポスターをなんとなく作り、これが思いのほか、ウケが良かったので調子に乗り、計4種類作成しました。

ポスターを見たマネージャーから「雑誌みたいなの作るか?」との問いに、即答で「やりたいです」と答えたのがユティックマガジンの始まりでした。

 

もともと、ポスターを作り始めた理由もユティックのジュニアも含むメンバーが活躍した姿をいろんな人に見て欲しかったから。

試合の結果や活躍の内容を新聞やテレビに載せてもらうのを待つだけでなく、自分から広報する機会を作りたいと考えていました。

ただ、本格的に作り始めるとなった段階で試作ページを作って見ると・・・デザインも内容もめちゃめちゃ。

伝えたいことを文字にしたり、形にするのはこんなに難しいことなのかと絶望しました。

ただ、マネージャーや村田さんを始めとする、ユティックのメンバーのおかげで最後まで作り抜くことができました。

 

ユティックマガジンはユティックトレーニングセンターや県内のいろんな店舗に置いてあるので、見つけたらぜひ手にとって読んでください。

 

 

新潟出張教室「走り方教室」

こんにちは、倉部です。

3月3日に新潟県ビックスワンにてRiseAC主催「倉部勇哉の新潟一熱い走り方教室」が開催されました。

参加してくださったみなさん、ご参加いただきありがとうございました。

これまで培ってきた経験や技術、感覚を少しでも、皆さんに伝えることが出来たのなら幸いです。

今回、短い時間で「走りの感覚や技術を伝える」ということを通して、私自身の走りも見直すことができました。

私自身、初の出張教室でとても緊張していましたが、主催してくださったRiseACのみなさん、また参加してくださったみなさんのご協力のおかげで無事にやり遂げることができ、いい経験をさせていただきました。

本当にありがとうございました。

 

 

初めまして倉部です

こんにちは、倉部勇哉です

1992年6月23日生まれ、

生まれも育ちも新潟県です。

 大好きなもの

漫画、アニメ、スポーツが大好きです。

スポーツはやるのも観るのも好きで中学生までは野球・テニス・ドッチボールをしていました。

今は陸上競技の短距離に夢中です。

陸上歴

陸上競技は高校からはじめました。

中学校は野球部でした。

陸上競技をはじめたきっかけは野球は上手くなりませんでしたが、走る練習は好きだったから。

また、母が100mで元中学、高校のチャンピオンということで

俺にも少しは才能があって、今度こそレギュラーになれるのでは?

という単純な理由でした。

 

しかし、1年目は100mの選手になれず、

400mとやり投げ選手に!!

 

2年目以降はようやく100m選手になることができたが

特に大きな成績を残すことなく県大会で負け、陸上部を引退。

 

高校生の頃の将来の夢は、

看護師になること(小児看護)

 

高校では目標にしていた看護学校に入る為に勉強して勉強して勉強して・・・

 

 

入学したのは

スポーツ学科でした

看護師どこ行った!!!!

 

大学の陸上部の監督がまさかの母の恩師で、高校時代ずっと見てくれていたらしく、それで陸上をやらないかと誘われ、入学しました

 

大学では恩師たちに出会うことができ、さらに陸上が好きになり、

全日本インカレで入賞することができました。

最後は国体、日本選手権リレーに出場し、陸上を満喫して陸上競技部を引退しました。

 

 

実は一回は陸上から離れていて、新卒で某広告代理店に入社しました。

しかし陸上競技を忘れられず、ユティック陸上競技部に入社させていただきました。

今後は日本代表として国際大会に出場を目指して、日々鍛えていきたいと思います。

長らく読んでいただき、ありがとうございます。